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第1話 人生を変える一通の手紙

Author: Tubling
last update publish date: 2026-06-03 14:04:38

 王家主催の夜会・7日前――――

 ヴァッセル伯爵家の一人娘として生を受けた私は、クリスティーナと名付けられ、この春に19歳を迎えたばかりだった。

 そして2歳年上の幼馴染の婚約者がいる。

 見た目はお子ちゃまだと婚約者に言われるけれど、もう19歳だし、王家主催の夜会ではしっかりと貴族女性らしく振舞おうと意気込んでいた。

 そんなある日、いつものように朝の食事をとろうとホールに入ると、すでにお父様とお母様が座っていたので私も急いで2人に挨拶をする。

 「お父様、お母様、おはようございます」

 私は完全にお母様に似たようで、髪色などもお母様と同じホワイトブロンドなので、まだまだ若々しいお母様と並んでいると姉妹みたいと邸の者にも言われる時がある。

 そんな私の姿を見て両親は優しく微笑み、お父様が嬉しい報告をしてくれた。

 「ああ、おはようティナ。今日は午後からドミニクが来るんだ。お前も一緒にお茶でもどうだい?」

 「ドミニク様が?!もちろんご一緒しますわ」

 「ティナは本当に閣下の事がお好きね。でもご迷惑をかけてはいけませんよ」

 両親は一人娘の私をこれでもかと言うくらい愛情を注いで育ててくれたけれど、未だに子ども扱いをされる時があって、正直ドミニク様の前では少し恥ずかしい時がある。

 

 「……分かっていますわ、お母様。今日はどんなお話をしてくれるかしら」

 ドミニク様は独り身なのもあって、他国にも頻繁に旅行へ行くので、その時の色んなお話を聞かせてくれるのが私の楽しみでもあった。

 でも楽しみなのはお話だけではない。

 ドミニク・オーレンブルク公爵閣下――――幼い頃からずっと慕っていた、私の想い人。

 お父様の古くからのご友人。

 ブルーグレーの長めの髪を横で結びながら流し、穏やかな人柄がにじみ出ているかのような細い目の麗しいお方。

 現国王陛下の王弟殿下でありながら、政権争いは自分には向かないと早くに王位継承権を捨て、王族公爵位を授かってひっそりと生活している。

 お父様より少し年下で、私とは15歳も年が離れていた。

 結婚してすぐに奥様をご病気で亡くされて……ちょうど私が4歳の時だったかしら。

 いつも朗らかで素敵なドミニク様が背中を丸めて悲しみに沈む姿がとても痛々しくて、何とか彼を元気づけたくて……私はベンチで項垂れるドミニク様の横に行き、彼の顔を両手で挟みながら幼稚な約束を持ちかけた。

 「……おじ様、げんきをだして……ティナがずっとおじ様といっしょにいます。大きくなったらおじ様のおくさんにもなってあげる!」

 ドミニク様の頭をいい子いい子して笑った。

 今思えば15歳も年上の方にするような事ではないので、恥ずかしくて仕方ないけれど……ドミニク様は力なく微笑んで、涙しながら私をぎゅうっとして――。

 「……ありがとう、ティナ……私も、君を助けるよ」

 「約束ね!」

 「…………うん、約束……」

 

 そう言いながら指切りをしたのを今でも鮮明に覚えている。

 きっとあれはドミニク様の精一杯だったのよね。

 自分も苦しいのに幼い子供の約束に付き合ってくれて……ハラハラと美しい涙を流すドミニク様に見惚れていたのを思い出す。

 思えばあれが私が恋した瞬間だったのかもしれない。

 男の人の涙がこれほどに美しいと思わなかったし、子供心に私がそばにいてずっと笑わせてあげたいって思うようになったのよね。

 それからもドミニク様と私の家族とのお付き合いは続いている。

 私は本当に彼が大好きで奥さんになりたかったけれど、亡くなった奥様の事をずっと想っている事も知っているし、私には親同士が決めた婚約者もいて、この想いが実る事はない。

 とっくに諦めている。

 それでもドミニク様に会える時は、胸が高鳴って嬉しくて仕方ない。

 胸の中で想う分にはいいわよね……この気持ちはお墓まで持っていこうと心に決めている。

 食事をとりながらそんな事をぼんやり考えていると、執事のラッセルが入ってきて、私に一通の手紙を渡してきた。

 

 「お嬢様、フェンデルバーグ公爵家のご令息からたった今届きまして」

 フェンデルバーグ公爵家の令息とは、私の婚約者であるヤヌシュ・フェンデルバーグの事だ。

 

 「ありがとう、ラッセル。ヤヌシュから……何かあったのかしら」

 「早く開けてみた方がいいだろう」

 私はお父様の言葉に頷き、すぐに手紙を開封した。

 手紙に書いてあった内容は、「7日後の王家主催の夜会には自分は一緒に行けないから、誰か他の人を探してほしい」という内容のものだった。

 「体調でも悪いのかしら」

 こんな手紙を送ってくるのは初めてだし、私は戸惑っていた。

 

 「何か理由があるのかもしれないので一応公爵家に連絡をしてみるけど、今回は違う相手を探した方が良さそうだ」

 「そうね……もしパートナーが不在という事になったら大変ですもの」

 違う相手と言っても私はヤヌシュと婚約しているので、怪しまれる相手は選べないわよね……そうだ、ドミニク様にお願い出来ないかしら?

 ずっと夜会には行ってないみたいだけど、私が相手を探していると言ったら了承してくれるかもしれない。

 そんな事を考えていると、予定通り午後からドミニク様が颯爽とやって来たのだった。

 「やぁ、こんにちは。ティナも元気そうだね」

 「こんにちは!ドミニク様もお変わりなさそうで何よりですわ。今日は天気もいいし、庭園でお茶をしましょう」

 「いいね、ティナが案内してくれるのかい?」

 「もちろん!」

 私は嬉しくてドミニク様の腕を引き、庭園まで案内をする。

 両親はそんな私の姿を見て呆れていた。

 「こらこら、ティナ。ドミニクが驚くだろう」

 「閣下に失礼ですよ」

 両親の声を聞いて、ドミニク様がお父様とお母様に、大丈夫と笑顔で手を振ってジェスチャーをしていた。

 やっぱり優しいわね……こんなやり取りもヤヌシュと結婚したら出来なくなる。

 そう思うと胸が酷く痛んだ。

 いい加減この想いに区切りをつけなければいけないのに、ドミニク様の優しさに甘えてしまっている事はよく分かっているつもり。

 でも、まだ、もう少し…………あと少しだけ、この穏やかな時間に浸っていたい。

 庭園に移動して、両親と私とドミニク様でお茶をしながら色々な話をした。

 お父様とお仕事の話をしている姿は本当にカッコいいし、大人な魅力にうっとりしてしまう。

 「ティナ?」

 ドミニク様の魅力に惚けていると、私の頭に手を乗せて心配してくれる。

 大きな手……昔はこの手を握って歩いても許されたけれど、今はさすがにもう出来ないわね。

 そんなところも少し寂しい。

 「あ、ごめんなさい。そうだわ、ドミニク様にお願いがあるのですけど……」

 「うん、なんだい?」

 「朝に婚約者のヤヌシュから、7日後の王家主催の夜会に一緒に行けないって手紙が来て……」

 「え、本当に?」

 ドミニク様は凄く驚いた様子で、口に手を当てて何か考えているようだった。

 

 「理由は書いてなくて。でも王家主催の夜会だし、出席するって返事をしてしまったから……もし良ければドミニク様にパートナーを務めていただけたらなって」

 「ティナ」

 お母様が、さすがにそれはご迷惑だと言わんばかりに私を制止した。

 でもそんなお母様に優しく微笑みながら、ドミニク様が快い返事をしてくれたのだった。

 「いいよ、ティナの頼みなら。こんなおじさんでいいのかい?」

 「おじさんなんかじゃありません!それに行くならドミニク様がいいのです」

 「まったくもう……閣下も断ってくださってもいいのですよ?」

 お母様が呆れたように言うけれど、ドミニク様は笑顔で一蹴してくれる。

 「大丈夫です。ティナが困っている時は助けるって、昔約束したんですよ。それに私も最近の夜会がどんな感じか見てみたいのもありますし」

 あんな昔の約束を覚えてくれていたなんて、とても嬉しかった。

 夜会などはパートナーが必須となるので、ドミニク様は奥様が亡くなられてからほぼ夜会に出る事はない。

 公式な行事の時は出席されるけれど……そういう時は滅多にお目にかかれない麗しい公爵閣下なので、女性が放っておかないのだとか。

 それでも浮いた話の1つも出てこないのよね。

 どれだけ奥様を一途に想っているかをヒシヒシと感じ、私の入る隙間など少しもないんだなと思い知らされる。

 私にも婚約者がいるのだから今回の夜会を一緒に出席して、一生の思い出にしよう、そう決意して夜会の準備を進める事にした。

 この時の私は、まさかその夜会で、自分の人生が一変するとは思ってもいなかったのだった。

 

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